第一章
〜3話〜


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3話―懸想01



「混血児は多種族同士が交配し誕生した個体のことです。しかし多種族同士で交配が成功するケースは稀で、混血児自体がまゆつばものだという者もいます。それでも帝国には混血児に関する情報が伝わっていました。私の見立てですが、貴方はおそらく人間と獣人……もしくは魔獣が交配し産まれた個体だと思われます。片親が人間だったことは貴方の容姿を見ればわかりますが、魔獣側の種族は断定できません。貴方の疑問に答えるとすれば、混血児の貴方は完全な人間でもなければ魔獣側でもなく、この世に貴方と同じ種族を探すのは極めて困難でしょう」


混血児について淡々と語るシャーロンの話をロネは最後まで静かに聞いていた。


「そう……なんだ。そっか、ボクは……どちらでもないんだ。ボクが ”仲間” と会うことも……難しい。そっか……そっか……。でも、これではっきりして……安心……したかも」


始めこそ驚きはしたが最終的にはどこか安堵しているようにも見えるロネの小さな独り言に、シャーロンの胸が徐々にざわついていく。


「私の知識は帝国のものですから信憑性は保証できません。だから、貴方も無理に納得しなくてもいいんですよ。ただ、混血児はどちらの種族にも属すことができない者として迫害を受けやすい存在で、あの目付きの悪い獣人が貴方にしていることもそういうものです。――しかし、この森の領主に居住を認められた貴方が混血児という理由で迫害されるのは道理が合いません」
「そりゃあ……ファルは怖いけど……。でも、五年前に森で捨てられてた赤ちゃんのボクを拾って育ててくれたのはレイヴァンとファルだし……。ボクはファルを嫌いになれない」
「はぁ〜、また貴方はそんなことを――……。…………え? 五年前?」


ロネの見た目と聞かされた実年齢にシャーロンは嫌な予感を覚えて固唾をのんだ。


(まさか……この容姿で産まれてまだ五年しか経っていない?)


森から出たことがないのなら他人との会話が不慣れであるのは仕方ないと思っていたが、当初から感じていたロネの幼さは実年齢にそぐうものだったらしい。しかし、問題はそこではない。


(つまり、この混血児は ”急成長する個体” ということ……。なるほど、だからこの混血児には ”無い” のですね)


人間よりも短時間で成長を遂げるのは魔獣や獣人の特徴と考えられるが、半分は人間である混血児にとって急激な体の変化はホルモンバランスを崩し正しく成長できない例が多い。その結果、急成長する個体には性別が無いことがある。ロネに性別の特徴が無いことは初対面で激しい喧嘩をした際、ロネの服を破いてしまったときに偶然気がついた。見た目は人間の十代半ばだが、服の下にある体は男とも女とも思えぬほど中性的で、幼くても目につくはずの生殖器が見当たらなかった。

(急成長する混血児の個体が長生きをしたという例は聞いたことがありません。魔獣や獣人と違って成長が止まらず、人間よりも遥かに早く老いて死んでしまうと考えられているからです。一年後、この混血児がどうなってしまうのかは未知ですが、寿命に関してはおそらく……)


沈思していたシャーロンがロネに何かを言いかけて、けれど思いとどまり口を閉ざしてしまった。神妙な面持ちで自分を見上げるシャーロンをおかしく思ったのか、ロネがわずかに首をかしげる。


「どうしたの?」
「いえ……なにも」


シャーロンはロネから目をそらすと、己の軽率な関心を密かに叱咤した。”混血児” の説明はもう十分にしたし、相手も知ることができて一応だが安心したと言っている。これ以上、自分がこの混血児に肩入れする理由も義理もないはずだ。だのに、胸の奥が重苦しく感じるのは何故だろう?


 ”『キミがボクを抱きしめてきた時、なんだか森で見かけた動物達の家族みたいだなって思ったんだ』”


昨日、ロネが一方的に語った言葉が脳裏をかすめた。ロネはあの体験をはじめてのものだと言っていた。だからロネはこんな自分に構うのだろうか? 自分の預かり知らない間のこととはいえ、ロネに忘れがたい温もりを教えてしまったのは他ならぬ自分なのかもしれない――。


(馬鹿馬鹿しい。全部この人の一方的な勘違いじゃないですか。人間でも魔獣側でもない混血児だからといって、特別な感情を抱く謂《いわ》れはありません。それに今の私は敵とみなせば誰であろうと躊躇なく殺します。今更、自分の命も他人の命も惜しいとは思いませんし、ましてや短命の混血児がどうなろうと……)



冷淡な思考とは裏腹に、先ほどから胸の奥がちりちりと燻る焦燥感を覚えてシャーロンは苦々しく表情を曇らせた。


「もしかしたら貴方は――」
「うん?」
「…………いえ。貴方はこれまで通り、何も気に病むこと無くこの森の中で……生きてください」


そう告げてすぐにシャーロンは自分でも思いがけないことを口走ってしまったことに驚いて、戸惑いながらロネをそっと盗み見た。すると歳相応の無邪気な笑顔を浮かべたロネと目が合った。


「な……なんですか?」
「ふふ、やっぱり変な人間! ボクなんかに生きてって言うなんて……」
「……っ!」
「ボクも、キミに生きてほしい!」



窓から差し込む白い月光に照らされた黒い髪が淡く輝く光景に、もう色を映さないと思っていた紺碧がたおやかに大きく揺らめいた。白黒の世界がこんなにも美しいとは、思いもしなかった。




*  *  *





その森は ”白い森” と呼ばれていた。魔獣が治める国の一つオルルドの領地で、100年前にレイヴァンが領主として着任した。ファルがレイヴァンの側近になったのは今から三十年前のこと。領主であるレイヴァンに絶対の忠誠を誓い、”森の子” のために危険な侵略者である人間達とも戦ってきた実績から、森の中では頼られる存在であった。




ロネが自分の正体を知ってから7日目の朝のことだ。領主の館でファルの怒声が喧々と響いた。


「ふざけんな――!!!! 最近、二人でコソコソしていると思ったら、いつの間にか動けるようになりやがって!! ……って、それは良いんだが……。図々しくも領主様に会わせろだとぉ!? おい、人間! きっさまっ、何様のつもりだ!? いいか? ここは魔獣の地だ。人間風情が好き勝手に徘徊していい場所じゃねぇ。殺されたくなけりゃあ、とっととこの森から出ていきやがれっ!!」


館で一番大きな部屋の鉄扉の前を陣取り仁王立ちするファルと対峙するのは、すっかり顔色が良くなったシャーロンとその背中に隠れてぶるぶる震える臆病者のロネである。今にもシャーロンの喉元を噛み千切らんとする迫力で激昂の唸り声を上げるファルに対し、落ち着きを払った眉目秀麗の青年は怯むどころかやや呆れ顔を作っていた。


「出て行くにしても、領主に聞きたいことがあるのですが――」
「駄目だ! この先には絶対に行かせねえ!!」


シャーロンの声を遮って啖呵を切ったファルは、片手に持っていた大きな棍棒を足元の近くにドスン!と叩き下ろして威嚇した。直後、ロネが「ぎゃうう!」と異常なまでに戦慄して思わずシャーロンの服をギュッと掴んですがりつく。そんなロネをすがめで一瞥したシャーロンはファルの持っている棍棒を密かに見据えて瞳の奥を怪しく光らせた。


「わかりました。人間嫌いな獣人にこれ以上の交渉は無意味でしょう。では……力づくで」
「は!?」


シャーロンはため息交じりに告げた次の瞬間、棍棒を持っていたファルの手首に俊敏な回し蹴りを入れ、相手が怯んだ隙きにその手元からあっさりと棍棒を取り上げる。あまりの早業に呆気にとられたファルの横面が変形するほどの衝撃を受けて真横に吹っ飛ぶまで3秒もかからなかった。


「ぐああっ!?」
「ファル!」


吹っ飛んだ先の壁に体を強打し床に崩れ落ちるファルの姿にロネが思わずその名を呼んでおろおろと狼狽する。その隣でシャーロンが獣人用の大きな棍棒を容易く床に叩きつけて折った。ただの木片に成り果てた棍棒をファルの前に投げ捨てると、冷ややかな紺碧の眼《まなこ》がロネへと向かう。そこに芳情の色はなく、憤りに似た苛立ちがちらついていた。


「何故、あの獣人を気にかけるのですか?」
「え!? だっだって、ファルは――」
「貴方はこの棍棒で脅されたことがあるのではありませんか?」
「!!」


朽ちた棍棒を一瞬気にしてシャーロンはロネへ問いかけた。その途端、ロネは辛い過去を思い出したのか逡巡してうつむくと指先まで震える小さな体を更に萎縮させる。シャーロンの前では無邪気で明るいロネだが、ファル相手になると臆病者に戻ってしまうらしい。その情けない姿にシャーロンは密かに歯ぎしりをした。


「たとえ魔獣側であったとしても世界の理は変わりません。力無き者は何も得ることはできず、何も守れません。貴方は弱者です。なのに、自分を虐げ危害を加えた者を何故庇おうとするのですか? 弱者は弱者らしく、生きるために自分の利にならないものは切り捨てる判断を持つべきです」
「そ、そんな……でも、ファルは……!」
「あの獣人は人間を嫌っています。貴方の想いなんて届きはしません」


ぴしゃりと言い放ち、シャーロンはすげなく踵を返してファルが守っていた扉へと手を伸ばした。その後姿を悲しそうに見つめたロネは、気を失って動かないファルを一瞥して小さく息を吐いた。


「ファル……」









領主の部屋の重厚な鉄扉をわずかに押し開けたシャーロンは、ロネと共に扉の隙間から中へと侵入した。領主の部屋はシャーロンが使っていた部屋の何倍もの広さがあったが、生活感のある家具は少なく、本がびっしりと詰まった本棚が壁際にずらりと並んだ光景が印象的だった。大きな部屋の真ん中には複雑な模様が施された獣人用の巨大な机と一脚の椅子が置かれており、白い森の領主である漆黒の獣人レイヴァンが厳かに鎮座していた。

レイヴァンはシャーロンとロネの気配に気づきながらも、獣人サイズの羽根ペンで机に広げた紙に何かを書き込む作業を止めようとはしなかった。羽根ペンが奏でる執筆の音の中、先に口を開いたのはシャーロンだった。



「貴方がこの森の領主ですか?」
「……」
「なるほど。表にいた獣人から察しはついていましたが、やはり狼型獣人でしたか。しかも、以前、術を放たれた時に感じた魔力量は片鱗でしかなかったようですね」
「……」
「……何故っ」


ぎりりと奥歯から歯ぎしりがもれてシャーロンは腰から吊った細身の片手剣に手を添える。それを見たロネが慌ててシャーロンの腕にしがみついた。


「やめて! レイヴァンとケンカは――」
「何故、あんな獣人がこんなとこにいるのですか!?」
「ひっ!?」



誰にとでもなくシャーロンが険を孕んだ咆哮を放つ。その毒々しい剣幕にロネが怯んでシャーロンから後ずさりした次の瞬間。


「うあ!?」



ロネの足元に緑の魔法陣が現れ、一瞬にしてレイヴァンの傍らへ転送してしまった。けれどレイヴァンが動いた様子はなく、相変わらず机に向かってペンを走らせている。



「ロネ!!」



愕然としたシャーロンがロネへ駆け寄ろうとした直後、今度はシャーロンの周りをいくつかの赤い魔法陣がぐるりと包囲した。行く手を阻む魔法陣の群に舌打ちしたシャーロンは迷いなく片手剣の柄を握る。しかし、どんなに力を入れても鞘から刀身が抜刀できない。焦ったシャーロンの顔色がみるみる青くなり、悔しげに拳を握って魔法陣へと振り下ろした。その衝撃を魔法陣が容易く吸収する。


「武器使用不可に打撃無効化!? しかも詠唱無しで魔法陣を発動した!! この獣人っ……!」


うわずった声で吐露したシャーロンの形相に激しい悔恨とわずかな畏怖の念が込み上げる。その視線の先でレイヴァンがようやく羽根ペンをペン立てに戻した。レイヴァンはゆっくりと椅子から立ち上がり、自分の隣でへたり込で震えているロネに「ここで待て」と言いつけたのち、悠然とした歩行でシャーロンへと向かって敵愾心をはらんだ鋭い紺碧を見下ろした。



「体はもう動くか。森を去るか?」
「ふっ……。貴方も早く私を追い出したいようですね。だったらこの術を解いてください」


シャーロンが不敵に口角を引き上げて挑発的な口調で要求すると、レイヴァンは黙したままようよう首を横に振った。



「お前に敵意がある限り、解けない術になっている。まずは心を鎮めよ。お前のそれは勇敢ではなく恐怖だ。恐れるものを己に近づけさせまいとする虚勢――」
「なにっ!!」
「選べ、迷い子よ。森を去るか、留まるか……お前が望む方を。ただし、ロネを連れてゆくことは許可できぬ。もし、ロネと共にありたいのならば我等と対話をせよ」
「たしかに私はロネのことで貴方に聞きたいことがあります。しかし、獣人と対話をする気はありません。貴方の許可が無くともロネが承諾すればこの森から連れ出します。私にとって人間も獣人も同列に憎むべき存在なのですから」


シャーロンの拒絶にレイヴァンは伏し目を作り頭《かぶり》を振った。


「お前はもう帝国とは関係ない。今はただの迷い子に過ぎぬ。迷い子のお前は誠に人間を恨んでいるわけではない。獣人を恨む理由も無い」
「私の殺意を貴方が決めるな!!」


シャーロンは胸の奥からせり上がる不快感を表すように、再び握りしめた拳を魔法陣の壁に叩きつけた。



「私は帝国で多くの獣人を殺してきました。帝国の反逆者になってからはかつての同胞達を手にかけました。――そんな私に対話をしろと? 私の道は他者を殺して切り開くか、他者に殺され終わるしかないのです!!」

「そうではない。シャーロン・フォード・ハビエル」

「!? なっ何故……私の名を……?」

「お前の剣の柄に彫られた紋章はデュリアの王族の証。帝国のデュリア族はガーディアンとして主に前線の盾役を担うがゆえに、こちら(魔獣側)にも知る者は多い」

「つまり、調べることは容易かったというわけですか」

「お前が多くの獣人を殺したのは帝国で生きるための術であろう。同胞達を殺め帝国から逃れたのは生きるための反撃であろう。自分の意志で生きたいと願うのは罪ではない。むしろ、それが出来ぬ帝国が不自然なのだ。帝国に絡め取られた ”人間” は皆、多くの犠牲を伴わなければ ”生きる場所” を選択できぬ」

「生きる……場所」

「意志は人間が人間として生き抜くために不可欠なもの。帝国はそれを利用し人間達を束ねている。だが、お前が内に秘めた強欲なまでの意志と勤勉さは帝国も懐柔できなかった。ゆえに、お前が帝国を見限る未来は必然」

「獣人が人間を語るのですか」

「気に入らぬか?」


静かな声音で語るレイヴァンをじっと見上げていたシャーロンはおもむろにロネの方へと目を向けた。いつの間にかシャーロンの周りから赤い魔法陣が消えていた。どうやら望み通り包囲から開放されたシャーロンはもうレイヴァンに剣を向ける気概は無いらしい。


「貴方はロネのことをどこまで知っているのですか?」
「お前はロネを、ロネはお前を生かした。お前がロネと共にありたいと願うなら質問に答えよう。迷い子よ、対話を成そう。強者は弱者を守り、弱者は強者に憧れ、いずれ誠の姿へと変化する」
「……っ」


大きな体をゆっくりと反転させたレイヴァンがロネの元へと歩んでいく。その後ろ姿にシャーロンが憮然と異論を放った。



「強者は弱者を蹂躙する!! 人間も魔獣も関係なく、多くの命を奪ってきた私も例外ではありません!!」
「シャーロン。己が忌むべき言葉を口にしてはならない。言霊は ”願い” にも ”呪い” にも成るのだから」
「!!」



肩越しに自分を一瞥したレイヴァンの言葉にシャーロンは絶句して立ち尽くした。放心状態の視界の中で泣きそうなロネがレイヴァンに抱きつき、そして自分へと駆け寄る姿が見えた。


 

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