俺には付き合って2年目になる恋人がいる。

彼女は俺より背が低くて小柄でよく笑う明るい子だ。只今、日本料亭で働いている25歳。
彼女の働いている日本料亭は俺が仕事の打ち合わせや飲み会などでよく行く店だった。そこで彼女に一目惚れをした俺が彼女に声をかけた。はじめは食事に誘うなどしてもずっと断られていたけれど、今はめでたく恋人同士だ。

しかし、付き合いはじめて3ヶ月が経ったころ、俺は彼女の秘密を知ることになったのだ。その時の話をしようと思う。






あの日は平日で、俺は仕事に出ていたが彼女はシフトの関係で休みだった。そこで、俺の会社の近くにあるレストランで彼女と待ち合わせをして一緒に昼食をとることにした。



「この店、前から気になってたんだよ」
「テレビでもよく取り上げられてるよね。新メニューとか気になるな~」



レストランの席に通された俺達はどこにでもいる恋人同士の会話をしながらそれぞれ好きなものを注文し、仲良くランチを食べて終始笑顔で短いデートを終えた。



「じゃあ、またメールするね!」
「うん。仕事が終わったら返事するよ」



俺達はレストランの前でつないでいた手を名残惜しそうにほどく。俺が会社に向かって歩いていく姿に彼女が手を振ってくれるその時まで、俺は間違いなく幸せな気分だった。
しかし、しばらく歩いたところで、俺はまだ彼女がこちらを見ているだろうか? という浮かれた気持ちでふと後ろを振り返ってしまったのだ。すると、さっきのレストランの前に立っていた彼女がもう一度同じレストランに入って行くのが見えた。



「え? なんでまた入るの?」



俺は訝しげに顔をしかめて思わず足を止めていた。
昼休みが終わるまでまだ時間がある……。俺は彼女が再び入っていったレストランに駆け寄り、ガラス張りのドアをのぞき込んで彼女の姿を探した。



「あ!」



そこで俺は衝撃を受ける。
店内にいた彼女は、カウンター付近で他の客と思われる若い男となにやら話をしていたのだ。そして、その若い男と同じテーブル席に移動するとそれからも楽しげに会話を続けているじゃないか。


これは……ひょっとして…… ”浮気” というやつ……か?


その途端、俺は目の前が真っ暗になって呼吸さえうまくできなくなってしまった。……だが、しばらく経つと今度は、俺とデートをした店で続けて別の男とデートするなんて、という怒りがふつふつと湧いてきたのだ。
憤った俺が今すぐ彼女を問い詰めるべきか、次に会った時に言うべきかを考えていると、さらに考えもしなかったことが起きた。



「お待たせしました~! 当店、新メニューの 『カツ乗せ大盛りカレーパスタ』でーす!」



店員二人がそれぞれ大皿に乗った料理を2つ持ってきた。ごはんの代わりにパスタにカレーをかけ、その上から分厚いカツを何枚も盛り付けるという、見るからにカロリーが馬鹿高い怪物料理! 見た目だけでも成人男性5人分の量はありそうだ。店員はそれを俺の彼女の前に1つ、そしてもう1つをあの若い男の前に差し出す。俺は先程までの激昂を忘れたように鎮火して、ただただその光景を唖然と見入るしかなくなった。
一体、これからなにがはじまるんだ? まさか……まさか……俺の彼女が、あの怪物を食らうというのか!???



「制限時間40分です! それでは頑張って下さい! スタート!!」



店員がタイマーのボタンを押して叫んだ次の瞬間、俺の彼女が割り箸を使って分厚いカツを食べはじめた。隣の若い男も分厚いカツにかぶりつく。両者は拮抗する速さでどんどん口の中に分厚いカツを放り込んでゆき、飲み込んだかと思うと息つく暇もなく今度はカレーがかかったパスタをすすりはじめた。
周りにいる客達も俺の彼女と若い男のフードファイトに目が釘付けだ。なかにはスマートフォンで動画や写真を撮っているヤツも居た。……て、おい、やめろよ! 俺の女を無断で撮るんじゃない! 怒るぞ!!
店の店員達や客達そして俺が息を呑んで見守る中、二人は黙々と怪物料理を掃除機のように吸い込んでいき、ついに20分が経過したころ。



「あ!!」



俺の彼女の手が止まってしまった。その間にも隣の若い男はパスタを口の中に流し込む。



「どうしたんだ!? あともう少しなのに……!!」



悔しげにうめいた俺だったが、その時あることを思い出して凍りついた。
いつも彼女は俺とのデートの時にはあまり食べないのだ。それを見て俺は 『キミは本当に食が細いなー』 なんて笑っていた。
ところが今日のランチはそれ以上に食べなかったので、俺はつい……こともあろうに……、彼女にデザートを勧めてしまったのだ!!



「食後のデザートで食べたチョコレートパフェが……ここにきて……!!」



俺はその場に膝を折って崩れ落ちた。
彼女がこんな凄まじい戦いを控えていると知っていたなら、俺だってデザートを勧めたりはしなかったのに……!
……いや、今までの彼女の行動を思い起こせば、彼女が実は大食いだということを知ることができたんじゃないだろうか?

付き合う前、俺が彼女を食事に誘っても彼女はなかなか首を立てに振ってくれなかった。そのかわり、映画や遊園地などに誘った時はすぐにOKをくれた。あれは大食いだから俺に遠慮していたのかもしれない。
彼女はスイーツがとても好きだと言って、デートの帰りにはよくケーキやお菓子を五人分は買っていた。俺は単純に家族の分なのかと思っていたが、実は全部彼女自身の分だったのだろう。
そして、今日のランチの時もだ。彼女はしきりに新メニューの大盛りコーナーをちらちらと見ていた気がする。そんな彼女が頼んだのはごく普通のカレーライスだった。あと、俺が食べていたペペロンチーノを 『少しだけ味見をさせてほしい』 とも言ってきた。今思えば、あの時、彼女はこの店のカレーとパスタの食感を調査していたに違いない。

俺が浮かれ気分でデートを楽しんでいる中、彼女は俺とのデートを遂行しながら、幸せな時間のあとに待ち受けている怪物との戦いに向けて着々と準備を重ねていたのだ。
だのに、俺がそんな彼女の足を引っ張ってしまった……!

くそぅ!! なにが 『キミは食が細いなー』 だ! なにが 『デザートは別腹だよな』 だ!
彼女にとって俺とのデートは空腹との戦いだったのかもしれない。……そして今日、彼女がどんな気持ちでチョコレートパフェを胃袋に流し込んだのか考えてみろ、俺の馬鹿野郎!
過去に戻れるのならば、あのチョコレートパフェを俺の口の中にぶっこんでやりたい!!



「お願いだ……勝ってくれ!」



俺は切なる願いを唱えて両手を組んで祈った。
すると、彼女の隣に座る若い男が見事に完食して周りから歓声が湧き起こる。俺の彼女はというと、辛そうにしながらあと二口のパスタを前に苦悩していた。
残り時間はあと15分あるが俺の彼女は動かない……。まさかこれは時間切れではなく、リタイアになってしまうのか?


「大丈夫ですか? リタイアしますか?」
「えっと……」


俺の彼女が店員に続行の有無を聞かれて苦しそうにうなだれる。その様子に誰もが、もう限界か? と、落胆した時だ。


「続け……ます!」


凛とした声音を放った彼女は、指先で目尻をそっとぬぐうと再び手を動かしたのだ。
よし! いいぞ! 頑張れ!!


「あと10分です」


あと少しだ!


「あと7分」


頑張れ!!


「あと4分」



彼女が最後の一口を食べ終えた瞬間、店から割れんばかりの拍手喝采の音がもれた。
やった――!! ついに彼女は成しとけだのだ!! 『カツ乗せ大盛りカレーパスタ』の挑戦に勝利したのだ!!!
周りからの拍手に照れくさそうな笑顔で応える彼女。そこへ店内に飛び込んでいって俺は彼女の名前を叫んだ。俺の姿を見た彼女は凄く驚いて一瞬かたまった。



「ええええ――!? なななんで!? 会社は? 仕事は!?」
「挑戦成功、おめでとう!!」



俺は彼女を抱き寄せて何度も祝福の言葉を送ったのだった。




ちなみに、そのあと俺は昼休みを20分もオーバーして会社に戻り、上司にひどく怒られてしまった。








そして次のデートの日、俺は彼女に尋ねた。


「もっと早くに打ち明けてくれればよかったのに、どうして黙ってたの?」
「うん……、あなたにならそうしていれば良かったね。……実は、高校の時にはじめて付き合った人から『女のくせにどれだけ食うんだ』とか『お前とご飯食べに行くと金がかかる』とか『大食い見てると胸焼けする』とか、色々言われて。すぐにフラれちゃったんだ」
「え……。そのことを今でも気にしてて俺に言わなかったの?」
「うん……。確かに私っていっぱい食べるから、お付き合いする人に迷惑掛けちゃうんだろうなって」


悲しげにこくりとうなづいた彼女。その垂れ下がった頭を、俺はぽんぽんと優しく撫でて抱き寄せた。


「そっか、でも俺は気にしないよ。だから、今日から遠慮しないでちゃんと食べて」
「うん、ありがとう……。ランチ、楽しみだね!」



以来、彼女は俺とのデート中に遠慮することなく思う存分食事を楽しんでくれるようになってくれた。
基本は大盛りで注文をして、その後はデザートも頼んでしっかり完食。たくさん食べる女性は珍しいかもしれないけれど、お腹を満たしながらなんとも幸せそうな笑顔を浮かばせる彼女のことが俺は好きだ。


……ただ一点、まだ慣れないことがある。
食事をしたあとの彼女のお腹がもの凄くふくらむのだが、それを知り合いや友達に目撃され、『いつ結婚したんだ?』と聞かれることが多くなった。
まあ、近いうちにそうなれたら良いな……と思えるのも、食いっぷりがよくて可愛い笑顔を見せてくれる彼女だからだと思う。




◆◇完◆◇




2018年05月24日
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