「よう! バイト頑張ってるか?」

「わあ! 先輩! 来てくれたんですか!? めっちゃ嬉しい~!」

「……やあ、どうも……」

「あ……、あんた本当に来たの?」

「まあ、一応……」


僕は同じ剣道部の先輩と部活帰りにファーストフード店に入った。

2週間前、クラスメイトであるこの女子から、『バイトをはじめたから店に来てほしい』と言われた。たぶん他の人にも言っているだろうし僕だけではないと思うけど……。
それでも、こうして来店したのには僕なりの理由があるからだ。女子って生き物は残酷なもので、自分から言っておきながらあとで『冗談だったのに』『空気読んでよ』なんて言ってくるから恐ろしい。だけど、深読みしすぎて来店しなかったら、『なんで来てくれないの?』と言われる可能性もある。それならば、1回だけでも来店しておいたほうがあとで文句を言われないだろう。でもここで注意しておきたいのが、うっかり一人で来てしまわないことだ。もし、一人で来店して『あいつ勘違いしてるよね』なんて変な噂が立つのは不本意だし。

そこで僕は、学校で女子に人気のある男の先輩を誘った。自分よりもレベルの高い同性と来店することで、『勘違いしてない』という僕の言外が伝わるだろう。
まあ、先輩とは普段から仲が良いし、帰りにファーストフード店へ寄るのはこれがはじめてでもないから自然だと思う。



「”一応”……?」



カウンターを挟んで向かいの女子が少しむっとしたように見えたが、相手はすぐに営業スマイルに転じた。



「せーんぱい! 何にします? 今、新発売の月見ベーコンアボカドエビマヨバーガー美味しいですよ!」

「じゃあ、それのセットで」

「はぁーい! ……で、そちらのお客様は何になさいますかー?」



なんだよそのトーンの違いは……。マニュアル言葉に冷ややかな空気を乗せたら接客の意味ないだろ? あー、早くも女子特有のわけのわからない不機嫌タイムがきた予感……。一体、なにが気に入らなかったんだろう? いや、考えても仕方がない、相手は女子なんだから。男子の僕にできることは、これ以上相手の機嫌を損ねないように普通にしているしかない。
僕は不毛な思慮を止めてメニューに集中した。



「……えっと、照り焼きチキンバーガーセットを1つ。以上で」

「ご一緒にポテトLはいかがですか?」

「え……? いや……、セットだからポテトいらないでしょ? しかも、Lサイズって……」

「ご一緒にチキンナゲットとサクサクチキンとコロコロチキンと骨付きチキンはいかかですか?」

「照り焼きチキン頼んだのにそんなにチキン勧めてくるっ!? 僕はチキン狂信者かなにかなの!?」

「ちぇっ……」

「ちょっ……、今の聞こえたよ? 僕、お客さんだよっ!? はあ……、とにかく注文したものだけお願いします」

「はーい」



目の前の女子は僕をジト目で見ながら生返事をして、先輩と僕の会計を別々に対応し、注文した飲み物と番号札を乗せたトレイを渡してきた。






それから先輩と一緒に空いた席で注文の品を待っていると、先輩が飲み物をストローで飲みながら僕に妙なことを言いはじめた。



「お前、お勧めの中の一つくらい注文してあげればよかったのに。冷たい奴だな~」

「え? 先輩までなに言い出すんすか? どう聞いてもおかしいもの勧めてきてたでしょ。あと、冷たいのはあっちじゃないですか……」

「そりゃー、お前があんなこと言うからだろ?」

「はい???」



僕は目を丸くして驚いた。先輩のこの口ぶり……、もしかしてあの女子がなぜ不機嫌になったのかを知っているのか? さすがは女子に人気のある先輩だ。僕にはまるでわからない女子の気持ちがわかるらしい。



「えっと、あんなことって……、僕、なんかまずいこと言いました?」

「『セットだからポテトいらないでしょ?』って、お前言ったじゃん」

「え? はい、言いましたよ? だって、セットにはポテトついてますからね……」

「お前は妙に冷めているからなぁ~。女子にあんな冷たい言い方したら傷付くよ? そうじゃなくて、『も~、なんでだよっ! セットなんだからポテトいらないだろ~? じゃあ、ポテトLも!』 みたいな」

「はあ!? ど、どう違うんですか? ちょっとアホっぽく言っただけで、言ってることは同じじゃないですか。……ていうか、ポテトL 頼んでますよそれ!」

「アホっていうな!」


時間無駄にした! 聞いて損した! こんなふざけた人がどうして女子に人気あるの???
だいたい、そんなことぐらいであんなに機嫌が損なわれる女子ってどうなんだろう。取扱説明書に ”触るな危険” って書いてあるくらい難解な心の持ち主じゃないか……。

僕がかぶりを振って辟易<へきえき>していると、女子が注文の品をトレイに乗せて席まで持ってきた。



「お待たせしましたー。はい、こちらが先輩の月見ベーコンアボカドエビマヨバーガーで~す! …………で、こちらが残りの、照り焼きチキンバーガーです」

「ありがとー!」

「”残り” って言い方……!」



にこにこ顔の先輩の横で僕は悔しげに照り焼きチキンバーガーを手に取った。
だけど、僕達に商品を届けた終わったはずの女子がなかなか下がらない。不思議に思った僕が女子を見上げて「どうしたの?」と尋ねると、もじもじ逡巡したあとで女子は自分が持っているトレイからなにかを手に取って素早く僕のトレイにそれを乗せたのだ。



「お客様の追加注文されたサクコロチキンです!」


頼んでな――いっ!! ていうかサクコロチキンってサクサクチキンとコロコロチキンが2つずつ入った商品なんだね。


「いや、僕、これ頼んでな……」

「本日キャンペーン中につき、サイドメニューをご注文されたお客様に当店のマスコットキャラグッズをお渡ししております!」

「聞いて!? 僕、これ頼んでな……」

「だからこれ、はい!! お、おごりだからっ」



女子は僕の言葉をとことんさえぎって、僕にマスコットキャラグッズとやらが入っているガチャガチャのカプセルみたいなものを1つ手渡すとそそくさ退散してしまった。
無理やり渡されたカプセルを呆然と見つめる僕。そして、今のやり取りを見てケラケラ笑う先輩。



「なるほどねー。サイドメニューにオマケが付くからあんなに勧めてきたんだ~」

「いっ……いやいや! わけわかんないですって! 僕、こんなの(オマケ)欲しいなんて言ったことないし、あっちが勝手にしてきたことですよ?」



いつの間にか女子に振り回されて頭を抱える僕を先輩がにやにや顔で眺めて、「お前がいらないなら俺が貰おっと!」と、僕の手からカプセルをひょいっと取り上げた。別に未練なんてこれっぽっちもないけれど、横から奪われるとなんか癪だ……。なんでだろう?
それから先輩は僕から奪ったカプセルを開けようと両手でいじりながら、まさしく先輩面をしてこんなことを助言してきたのだ。



「女子がこんなこと勝手にしてくる時ってのはなにか理由があるんだよ? あの子がなんでこんなことするのか、ちゃんと考えてあげるのって大切だと俺は思うけどなー」

「こんなこと勝手にされてる人間の身にもなってくださいよ。どうしたらいいのか、はっきり言ってまるでわからないし……。でも、正直に『わからない』って言ったら女子って逆ギレしてきそうだし……。僕、そういうのに関わるの苦手っていうか、辛いっていうか……」



あれ? なんだろう? まあ早い話、僕は女の子達の秋の空的な心理が怖いのだ。彼女達には正解なんてはじめからなくて、その時の気分で笑ったり怒ったりしているんじゃないかって。そんな不思議な生き物を相手にどきどきしたりはらはらしたり悲しい気持ちになれるなんて、僕には到底無理だと思う。たぶん凄く精神力を削られることだ。

僕がぼんやりと思考を巡らせていると、先輩がカプセルから取り出したペンギンのミニフィギアをつまんで僕の目の前に持ってきた。



「あー、悪い。これ、俺には貰えないやつだったわ~」

「え!? ちょ……っなっ……それ!?」



ペンギンを見たその瞬間、僕は今までの人生の中で一番驚いたのだと思う。
おかげでそのあとに食べた照り焼きチキンガーバーとサクコロチキンの味はまったくわからず、帰る時も僕達を見送る女子の顔をまともに見れず、僕は先輩の陰に隠れるようにして店を出たのだった。







駅に向かう道中のことだ。


「どうして帰り際の挨拶もしてあげなかったの?」

「え、でも、突然のことだったから……つい……」

「良いことがあった時は素直に喜ばないと人生損するぞ? 俺なんてさっきから凹んでんだから……」

「え? 先輩、なにか……あったんですか???」



そういえば、僕は女子から貰ったペンギンのことで頭がいっぱいで、先輩のことをある意味放置していたかもしれない。僕が知らない間に先輩の身に一体なにが……!?



「お前がそのペンギンに浮かれてる間、俺は……注文ミスのアイスコーヒーでさっきから腹の調子が悪いんだ」

「えええ!? でも先輩、飲み物がはじめにきた時から凄い勢いで飲んでませんでした!? なんで注文ミスってるって言わなかったんです?」

「言えるわけないだろ? 喉が乾いてて一気に飲んだあとに気づいたんだ……。あ~、よりにもよってコーヒー来ちゃうなんてなぁ~。俺、カフェイン系だめなんだよ……」

「だったら尚更、言いましょうよ! もぉ~、変なところでチキンなんですから……!」

「おい、待て。チキンって、お前だけには言われたくないんだが? 女子から貰ったペンギンの腹に『好きです』って書いてあったからってめちゃくちゃ動揺した挙げ句に、俺の陰に隠れて帰るような情けないお前こそチキンだろう!」

「うわっ!! 先輩、声が大きいですよ! 本当にお腹の調子が悪い人ですか!?」



僕はポケットの中に入れていたペンギンを握り、先輩は自分のお腹を擦って黙り込んだ。
それから二人はまたすごすごと歩き出す。
腹を擦る先輩を盗み見た僕は、先輩のある言葉をふと思い出した。


”あの子がなんでこんなことするのか、ちゃんと考えてあげるのって大切だと俺は思う……”


先輩は注文ミスを指摘もできないようなチキンだけど、あの時の言葉は今の僕よりずっと大人だと思った。

僕は女の子達の秋の空的な心理が怖い。はじめから正解なんてなくて、気分次第で笑ったり怒ったりする不思議な生き物だと思っている。まともに相手をしていたら、僕のチキンな心臓はあっという間に窒息死してしまうんじゃないかって。……でも、ペンギンをくれたあの女子が、なんで手紙じゃなくてわざわざミニフィギアのペンギンの小さなお腹にこの四文字を書き込んだのかを考えていると、思わず頬が緩んでしまった。

もしかしたら、このペンギンには正解があるのだろうか?
秋の空にも真実の色があるのだろうか?

僕のチキンな心臓が限界値に達するほど早鐘を打っていた。




◆◇完◆◇




2018年5月23日
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