今年の春から高校生となったのは喜ばしいが、中学のときよりも学校が遠くなってしまった。
おかげで以前より30分も早く起きなくてはならず、その苦悩を母親にぼやいたらあっけらかんと笑われた。おまけに、「学校が遠くなったんだから、時間に余裕を持って出なさいね」と、母親はさらに早起きを推奨してくる。

親は子供の睡魔の威力を馬鹿にしてないか? 早寝しようが遅寝しようが眠いもんは眠いんだよ。朝の睡眠時間が30分も削られることがどれほど苦痛か理解してくれ!!

という母親への不満は、登校一週間目の月曜日に俺の中からあっさり払拭された。
なぜなら、6時にかけたアラームを自分で二度も止めてしまった俺は、現在遅刻の危機に直面しているからである。


「やばいやばい!! 間に合うかー!?」


”時間に余裕を持って”
嗚呼、確かにその通りだよ母上。今度からは5分置きにアラームを設定します!!


朝陽がそそぐ高校への通学路を夢中で走る俺。
家を出る間際に母親から渡されたパンを走りながら食べたせいで、まだ睡眠中だった胃袋が悲鳴をあげて横っ腹がじわじわと痛みだした。


「くっそ! いってぇー!」


俺が横っ腹を押さえて呻いた直後、校門まであと100メートルという地点で無情にも学校のチャイムが響き渡る。
俺は腹痛とは違う悪寒を覚えてその場に立ち尽くしたのだった。






電信柱の陰から校門をうかがうという定番の行動で、俺は門の前にいる生活指導の教員を凝視していた。あの先生、まったく隙きがないぞ。このまま行けば間違いなく職員室へ連行だ。
でも諦めるのはまだ早い。チャイムが鳴ってまだそんなに経っていないし、校内に入ってしまえばHRに遅刻しても『トイレに行ってました』と嘘をつけばいい。担任には叱られるけど、職員室への連行は免れるだろう。


「裏門に回るか」


ということで、俺は学校の塀伝いにある小道を通って裏門へと向うことにしたわけだが。


「ん?」


小道の途中、俺は裏門の手前で見知らぬ女子と出くわした。
制服からして俺と同じ学校の生徒で間違いないが、制服の着慣れた感をみるとたぶん上級生だと思われる。

その女子は塀に持たれて携帯電話をずっといじっていた。これは俺に気づいているのかいないのか……? まあいいか。この人も俺と同じ遅刻犯だし、ここで騒ごうなんて思わないだろう。
俺はその女子と目を合わさないように、ごく自然に、ごく静かに、その女子の眼の前を通り過ぎようとした――が、次の瞬間その女子は唐突に俺の片腕をつかんできたんだ。


「え!? な、なに???」


予想していなかった展開に驚いて声が裏返り、脊髄反射よろしくビクつく俺。きっとこの時の俺は見るからにブルブル震えていて、さぞかし情けない男子に見えたただろうな。
でも、それは仕方のないことだったとここで弁解しておく。何故かといえば、俺の腕をつかんだその女子というのが、稀に見る美少女――しかも、綺麗な目をしている上に凄い眼力の持ち主だったからだ。

美少女に腕をつかまれ見つめられて、緊張しない男子なんているのか? 少なくとも俺みたいな平凡男子は、これからの人生においてもこんなことは最初で最後だと思うから凄く緊張したよ……。かっこ悪いくらいに。
えっと、それでこの美少女はこの平凡男子の俺に何の用なんだ?


「キミ、新入生?」

「は……はい! そうです」


いかにも上級生らしい口調で問いかけてきた美少女に、俺は思わずかしこまって敬語を吐いていた。美人に弱いのは男の性か?


「裏門も先生いるから捕まると思う」

「え?」

「裏道教えてあげる。こっち」

「へ???」


美少女の微笑みに見惚れてしまった俺は、半ば放心状態のまま美少女の後を追いかけていた。





美少女に教えてもらった裏道を使って俺は無事に校内へ入ることが出来た。
ちなみに裏道とは、今は使われていない旧校舎の陰に隠れた塀の破損部分から校内へ入る抜け道だ。


「ありがとうございます……えっと、先輩。……でも、あの場所って直したりしないんすか?」

「うん、予算の関係で今は直せないんだよ。もう使ってない旧校舎の敷地だし……」


昇降口へ向かって俺の前を歩く美少女の話に俺が「へー」とあいづちを返した時だ。


「おい! こんなところで何してるんだ!? 遅刻か!?」

「!!」


昇降口の前で俺達を待ち構えるように佇む男が一人。そいつは ”生徒指導員” と書かれた腕章を腕に付けた教師だった。


「やっべ!!」


まじか!? 結局、見つかってんじゃん! うわ〜、めちゃくちゃ怖い顔で俺と先輩を睨みつけて――ん??? あれ? ち、違うな……。睨まれてるのって…………俺だけ!?


「先生、おはようございます」


俺が違和感に気づいたころ、可愛い微笑を浮かべた美少女が挨拶をしながら教師の側へと駆け寄っているじゃないか!? え? どういうこと!?

――と、俺が動揺している間に、俺は突然裏切った美少女と教師の二人と対峙する形になっていた。


「いっいやいやいやいや! おかしいですよね? 先輩もこちらがわの人間ですよね?」

「こちらがわ???」

「俺と同じ、遅刻犯ですよね!? だから俺に裏道教えてくれたんですよね!? 同士だから!!!!」

「キミ、なに言ってるの? 今日はじめて会ったばかりの女の子を信用するなんて、不用心にもほどがあるよ? あはは、初々しいなぁ〜。 以後、気をつけるように! 新入生くん!!」

「初々しい……!? お……俺の純情を返せ――――――!!」


桜舞う昇降口で負け犬の遠吠えをした俺は、すっかり忘れていた横っ腹の痛みを思い出してその場に崩れ落ちた。






後で聞いた話、あの美少女はこの学校の生徒会長だったらしい。
この学校では毎年、生徒会が新入生歓迎の催しとして新入生にドッキリをしかけるのだという。
そのドッキリにまんまと引っかかった俺は、”今年のドッキリ新入生” というダサい称号を授与され、しばらくの間、学校中の噂になった。








「”今年のドッキリ新入生”は、よっぽどこの場所が気に入っちゃったのね」

「第二の犠牲者が出ないように、見張ってるんですよ」

「ふーん。でも、当分は犠牲者なんて出ないと思うけど?」

「……というのは冗談で。誰かさんのせいで、一人で落ち着ける場所が欲しい哀れな男になっちまったんですよ。生徒会長こそ、なんでこんなところにいんですか? 忙しくないんですか?」

「忙しいよ? もー、忙しくて忙しくてお昼ご飯を食べながら生徒会の仕事するのが嫌になるくらいに。 だから、時々ここに避難してるの。 あ、良かったら一緒に食べる? お弁当」

「え……? でも、俺はパンがあるから――」

「若い子は遠慮しない。 はい、卵焼き! 『あーん』して」

「あ……」

「『あーん』」

「あー……ん……」



差し出された卵焼きを口に含んだ俺は、懲りもせずこの美少女の笑顔がドッキリでないことを期待してしまうのだった。



◆◇完◆◇




【2018年 4月 27日]
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