私には幼馴染で親友のライトがいた。
けれどライトは15歳の誕生日に、私達の村を出ていってしまった。


ライトはとある王国の王子だったらしい。
しかし、不幸にも戦火が増す最中に生まれたため、秘密裏にこの村に預けられたそうだ。よくあるお国の事情に翻弄される王族の境遇というものだろう。

ライトが15歳になるころには国も落ち着きを取り戻し、王様は再び我が子と一緒に暮らしたいと考えられたそうだ。そして、私達の村までライトの迎えを寄こしたのだ。




ライトが村を出て行った日のことを、私は鮮明に覚えている。


「メリル、元気で。手紙を書くよ」

「ありがとう。でも、ライトはこれから王子様になるんだから、忙しくなるでしょう?」

「メリルに手紙を書くくらい、どうってことないさ」


ライトは最後まで明るい笑顔を私にむけてくれた。
けれど、私はライトと離れるのが辛くて、最後までライトの顔を見ることができなかった――。




ライトがお城の馬車で村を出発してから1時間ほど経ったころだろうか。
突然、大地が悲鳴をあげるが如く激しい地鳴りを起こし、次に地底から突き上げられたような震動が村だけでなく辺り一帯を襲った。

地震だ。
とても大きな地震がきたのだ――。



まるで生き物のように揺れる大地に、人間だけでなく動物達も為す術もなく恐怖に震えていた。
そんな中、馬小屋に居た一頭の馬が大暴れをして、乱心のまま逃げ出してしまった。
私は慌ててその馬の手綱をつかみ、しばらく馬に引きづられたがどうにか馬の背に跨がることができた。


「落ち着いて! ドウドウ!」


あれ? そういえばこの馬はライトの相棒だったな。ライト以外の人を背中に乗せたがらず、私にもあまり懐いてくれなかった。

ライトはこの子のことも置いて村を出ていったんだ。幼馴染で親友の私もライトに置いていかれた。
私は暴れ馬となったライトの相棒に苦戦しながら、同じ寂しさを持つこの馬に同情の念を抱くのだった。


結局、私は馬をなだめることもできず、馬の背中にしがみつくので精一杯だった。
どのくらい走っただろう? 気がつくと地震はおさまっていて、馬も走るのを止めていた。

私は馬の背中でゆっくりと体を起こし、辺りを見渡した。そこはどこかの森の中だった。


「ここ、見覚えがある……。きっと、村の北にある森だ」


私は独り言をつぶやいて、大人しくなった馬の頬を撫でると馬から降りた。
その時、私はふと気がづいた。


「あれは……!」


森の木の陰から見えた馬車の片鱗。私はすぐに駆け寄って、その惨状を目にしたのだ。

車輪が壊れて外れた馬車は無残にも横倒しになっていて、馬車を引いていた馬は一頭も残っていなかった。それに、馬車を警護していた騎士達の姿もどこにもない。

そう、この馬車はライトが村を出る時に乗っていたお城の馬車だったのだ。


「ライト!」


私は必死にその名を呼び、壊れた馬車の小窓から中をうかがった。すると、馬車の中にぴくりとも動かないライトの姿を発見することができた。しかし、ライトと一緒にこの馬車に乗車していた貴族達はいないようだ。

もしかして、ライトを置いて自分達だけで逃げたのだろうか?

とにかく、今はライトを助けなくては。私は馬車のドアノブに手をかけてみたが、ドアはどんなに力を込めてもびくともしない。どうやらドアがゆがんで開かなくなっているようだ。

私は馬車に備え付けられていた小さな斧を見つけ、それを手にして再び馬車のドアを開けようと試みた。

小さな斧で何度もドアを叩いていると、ほどなくしてボロボロになったドアが馬車から外れた。


「ライト!」


私は夢中でライトを馬車の外へと運び出した。
名前を呼んでもライトはなかなか目を開かなかったが、呼吸はしっかりとしているようだ。私はライトが生きていたことに、まずはほっと胸をなでおろした。

「ライト! しっかりし――」


トンっという衝撃が背中から胸へと突き抜ける。
私は一瞬何が起きたかわからず息を呑んだ。しかし、すぐに呼吸が難しくなり、喉の奥から迫り上がる液体にむせてゴホゴホと咳をした。すると、予想もしていなかった大量の赤いものが腕に抱いていたライトの服にかかってしまった。


「な……これ……?」


その赤いものが自分の血液なのだと知ったころには、私は胸に走った激痛に顔をゆがめ、ライトの身体にしがみつくように倒れたのだった。


「ええい! 忌まわしい! 王子から離れろ!」


年配の男の声が私の背後から飛んできた。たぶん、この声の持ち主が私を傷つけた人に違いない。だけど傷口の激痛に意識が朦朧としはじめた私には、その人物の姿を確認することはできなかった。今はただ腕に抱いたライトの服をぎゅっときつくつかんでいることしかできない。

嫌だ……。
このままライトと言葉を交わす事もできず終わってしまうなんて……、嫌だ。


「メリル……?」


私が心の中で悲哀を何度も念じていると、懐かしい声が耳元で聞こえた。
ライトだ。ライトの優しい声だ。


「おお、ライト様! お怪我はありませんか?」

「メリル? メリル? なんでこんなことに?」

「その小娘が斧でライト様を襲おうとしていたのでございます。そこで、この私がライト様をお救いしようと……」

「メリルが? 斧で俺を?」


斧? ああそうか、ドアを壊すために私が持っていた斧のことだ。
そうか……、そうか……、私はそれでこんなことに……。


「そんな……メリルがそんなこと……するはずっ……」


ライトの手が私の両肩をつかんで体を起こしてくれた。私の顔をのぞき込むライトの表情は、ひどく青ざめていてとても悲しそうだった。でも、それ以外は怪我もなさそうで良かった。


「ライ……ト……、ごめ……ん。ちゃんと……さ……なら……って言えて、なくて……」

「……え? なに? メリル? ……メリル!!」


ライトの濡れた瞳は燃えさかる炎のような赤色に染まっていた。

これは夢だろうか?
ライトの瞳は子供のころからずっと若葉のように優しい緑色のはずなのに――。

ああ……だけれど、ライトの綺麗な瞳なら赤色もよく似合うよ。
私は好きだよ。どんなライトも大好きだよ。


「だ……好き……、ラ……イ……」


私は最後の力を振り絞ってかすれた声でその思いを告げると、ライトの頬を撫でて目を閉じた。
しばらくライトが私を呼ぶ声が耳に響いていたけれど、いつの間にか私の意識とともにその音色は聞こえなくなっていた。








「メリル! ただいま!」

「お帰り、ライト。ご苦労さま。街はどうだった?」

「今回も色々売れたから、欲しかった日用品と食料も揃えられたよ」

「良かった。じゃあ、夕ご飯にしよう」

「うん!」

今、私達は人里離れた山の中でひっそりと暮らしている。







3年前のこと。
人間に化けた魔物達が、人間の村に15年間も隠していた魔王の子息を迎えに行ったという。そして、魔王の子息を魔王城へと護送していた途中で勇者一行がそれを襲撃。勇者達と魔物達の激しい戦闘が勃発して一帯はしばらく大地震にみまわれたそうだ。

しかし、魔王の子息を警護していた魔物が一人の少女を傷つけたことで、事態は思わぬ方向へと転がってしまった。



『お願いします! メリルを助けてください! 俺はどうなってもいいから……!』



護送されていた魔王の子息は、自分の正体も知らずに赤子の頃から人間の村で育ち、共に過ごした幼馴染の少女をとても大切に思っていた。

その少女を魔物に傷つけられたことで、魔王の子息は彼女を救うためにあっさりと勇者側へ下ってしまったのだ。そして、勇者に紹介してもらった聖女様に会いに行き、自分の魔族の力と引き換えに、その少女を助けたのである。


のちに幼馴染の少女――もとい私は、魔王の子息だったライトに訊ねた。



『魔族の王子様なら力を引き換えにしなくても、その力で私を助けることもできたんじゃない?』

『メリルを傷つけた魔族の力なんていらないよ。それに、俺は魔族の王子になんてならない。俺がなりたいのはメリルのライトだからね』



なるほど。彼はずっと昔からもうすでに王子様だった。

たとえ世界征服が出来たかもしれない魔族の王子の座を捨てたとしても、間違いなく――だ。

今頃、魔王はこの素敵な王子をお城に呼び戻せなくて悔しがっているだろうか?
でも、優しすぎるライトに魔族の王子様なんて務まらないかもしれない。

これからもライトはライトのままで、私の隣で一緒に笑っていてほしい。



◇◆完◆◇



[2018年 4月 28日]

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